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第05話:鍼灸を愛した白秋




◆実は南方系
今の若い人は北原白秋(1885~1942)をどれだけ知っているでしょうか。四五十代でさえ、白秋をよく石川啄木と混同するようです。「白秋」の名前からして憂いを秘めた暗いイメージを持つらしく、つい岩手出身の啄木と間違えるのだとか。それほど詳しいわけではない私も、たまたま手にした「北原白秋歌集」(小沢書店)を読んで、白秋は福岡県の柳川出身で、やや丸い顔に大きな目玉の典型的な南方系の人物であることを改めて知ったくらいです。

私にとって大発見だったのが、驚いたことに白秋は鍼灸についての短歌を7首遺していたこと。歌集「牡丹の木」に収められていますが、記憶に間違いがなければ、鍼灸を謳った著名な歌人は後にも先にも白秋ひとりではないかと思っています。

◆小説のような遍歴
ここで白秋の人となりを調べてみると、なかなか興味深い人物象が浮かんできます。例えば、白秋は生涯3人の女性と結婚しています。最初の女性とは姦通事件を起こし、牢屋につながれた末に一緒になるのですが結局別れてしまいます。2番目の妻は、新しい女の集う「青鞜」に関わる女性だったとか。それ故なのか彼女はなんと他の男性に走ってしまい、小田原に新居を建てる地鎮祭の夜に、白秋を置いて家を出てしまいます。3番目の妻を向かえたときは谷中天王寺町に新居を構え、ようやく平穏な生活を迎えようとしますが、白秋は次第に糖尿病という病魔に侵されていきます。このように私生活はまるで小説のようですが、そんな中で白秋は膨大な数の詩・短歌・俳句・歌詞を遺し、総合詩人と呼ばれてきました。天才にありがちな破天荒な人生とはいえ、否が応でも人をひきつけてしまう魅力的な人物であったことは十分想像できます。

◆晩年の歌集
糖尿病性の腎臓病と眼病に悩まされ続けた晩年は、御茶ノ水・駿河台の杏雲堂病院に入院していました。その頃の歌集『黒檜』に次のような歌があります。

○照る月の冷(ひえ)さだかなるあかり戸に眼はこらしつつ盲(し)ひてゆくなり
○暁の窓にニコライ堂の円頂閣(ドウム)が見え看護婦は白し尿の瓶持てり

徐々に眼が不自由になっていくという不安が読み取れます。窓下のニコライ堂と看護婦が持つ白い尿瓶のコントラストがなんともおかしいのですが、それがかえって物悲しく響きます。

◆白秋が謳う「鍼灸」
そして次が、最後の歌集となった「牡丹の木」に収められた鍼灸の歌7首です。

○雲のむた天(あめ)の真名井(まない)に我が降りて冷えたる脚を妹もみほぐす
○火の細み身筋にとほるしまらくは末消ゆるまで神適(しんゆ)くごとし
○骨髄に灸(やいと)しみゆく時すらも楽しび繁(しじ)に無しと云はなくに
○身の皮や熱きは痛き時過ぎて艾(もぐさ)の火(ほ)くづほろろ消(け)につつ
○人今ぞ思ふつぼにし鍼うつと蓋しすぷりと痛処(いたど)刺し当つ
○すぷすぷと皮肉つらぬく鍼にして神(しん)にか徹る我の眼ひらく
○老にしていたり幽(かそ)けきものあらし身はしろがねの鍼を味ふ

どんな鍼灸師に治療を受けていたかは残念ながら資料はないようです。鍼を刺すオノマトペを「すぷり」とか「すぷすぷ」と表現している点は、普段細い鍼を扱う私から見ると正直気になりますが、当時はかなり太い鍼でブスブスと刺すのが流儀だったのでしょう。ただ鍼を「しろがねの鍼」とはなんとも美しい形容です。

白秋が鍼灸を愛して止まないと窺われるキーワードは「神」という言葉に読み取れます。神は「しん」と読み、精神とか心を表します。お灸で「神適くごとし」とか、鍼で「神にか徹る」とは、灸や鍼で精神の安寧をはかれることを意味しています。白秋はきっとその効果を確信しているからこそ、鍼灸を施されるひとときを至福のときと感じていたに違いないと想像できます。特に2首目の歌は治療家からみても、お灸の特長をうまく捉えた秀歌です。

火の細み身筋にとほるしまらくは末消ゆるまで神適(しんゆ)くごとし

ひとつひとつに気をこめながら据えたお灸が「火の細み」であり、ツボのラインである経絡が「身筋」。気を経絡という広い道筋に載せると、「火の細み」が消えるしばらくは心を安んじてくれる、という見事な歌です。

ここまで鍼灸の魅力を歌に遺してくれた北原白秋に、私は治療家の端くれながらも大いに感謝したい気持ちにかられます。

※『北原白秋歌集・日本詩人選03』小沢書店(97年)
※『明治東京畸人傳』森まゆみ著・新潮文庫(99年)
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