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第93話:アイスマンと鍼灸(2/3)

~タトゥーの不思議な模様~
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◆タトゥーの位置(ツボ)からみえるもの
合計15か所のタトゥーすべてがどこにあるのかは不明ですが、NHKスペシャルの映像で見る限り分かった箇所(ツボ)は以下の通りです。      ※( )内はタトゥーの模様を表す。

  左腰部:胃兪(4本線)、三焦兪(3本線)、腎兪(3本線)
  左下肢:崑崙(十字)
  右下肢:中封(十字)、曲泉(十字)、陽輔(3本線)、陽陵泉(3本線)

わたし流の「経絡的治療」でこの取穴を解読すると、アイスマンの身体と人となりは次のように推察できます。まずはアイスマンの経絡診断は、右肝(虚)―左膀胱(実)とみます。

     証: 右肝(虚)―左膀胱(実)

体質を表す「本」は右の肝虚証としてみて、右足肝経の中封(ちゅうほう)と曲泉(きょくせん)のツボ。一方、症状を表す「標」は左の膀胱実証としてみて、左足膀胱経の崑崙(こんろん)のツボをそれぞれ取っています。
他に補助穴として、背腰部の左膀胱経の胃兪(いゆ)、三焦兪(さんしょうゆ)、腎兪(じんゆ)の三穴。右足胆経の陽輔(ようほ)、陽陵泉(ようりょうせん)のツボを、それぞれ絶妙に配していることがわかります。

このような「経絡的治療」をさらに症候学的に解読すれば、つぎのように説明できます。体質診断からはアイスマンは「肝虚証(肝の人)」で、眼が疲れやすく筋肉疲労が起こしやすい体質。性格的には少し怒りやすい人かもしれません。誰かに追われて殺されたわけですから、かなりのストレスを抱えて生きていたと想像できます。さらに、腰椎すべり症による左下肢の「痛み」もしくは「しびれ」は、外果(外くるぶし)付近、神経支配でいえば「S1」の領域です。故に、外果とアキレス腱の間にある膀胱経の「崑崙(こんろん)」穴は「実」(興奮)していると想像できます。

このように、5300年前のアイスマンに遺されたタトゥーの位置から、まるで現代の坐骨神経痛の治療と全く同じような配穴として検証できることは、鍼灸師のわたしにしてみれば、正直なところドルファー博士の如く「驚きのあまり倒れそうになる」くらいの衝撃を受けています。



◆タトゥーの模様(かたち)からみえるもの
さらに驚くことがあります。それはタトゥーの模様のこと。「右肝(虚)―左膀胱(実)」という経絡診断による最も大事なツボ(要穴)は、肝経の中封と曲泉、膀胱経の崑崙ですが、そのいずれの模様も「十字形」になっており、しかも他の補助穴が「4本線」や「3本線」であることに対して、明らかに模様によって差別化されていることがわかります。

   要穴に施したタトゥー :「十字形」
   補助穴に施したタトゥー:「4本線」や「3本線」

ただドルファー博士は、アイスマンの手足と腰背部にあったタトゥーが、鍼灸治療のツボの位置とほぼ全てが重なっていたことに気づき、そのタトゥーは治療が目的であったと推理したわけですが、タトウーの模様がもつ意味合いまでには論究していません。もしタトゥーがお灸を施すように、単にツボに刺激を与えるだけのものであれば、すべて同じような模様でも十分なはずです。

上のように、要穴と補助穴と思われるツボの違いに沿うように、あきらかに模様の差別化を図っていると考えれば、アイスマンがいた先史時代には、実はタトゥーの模様がもつ意味合い、つまり「形」がもつそれぞれの「ちから」を認識した上で、治療につかわれていたであろうと、わたしは確信しているのです。

なにか荒唐無稽な話に思われるでしょうが、実はツボには、ある特定の図形を貼ることで気は動くことは分かっています。次回はそうした例証を紹介した上で、さらに5300年前の医療と東洋医学の関連に迫ります。(つづく)
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